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【驚愕!】プロ野球で罰走が行われたとな。スポーツの育成に罰走は百害あって一利なし

令和2年3月22日。
プロ野球ファーム・プロアマ交流戦。

巨人6 - 9早大

プロ野球巨人の2軍が交流戦で早稲田大学に敗れた。

これを受けて、阿部慎之助2軍監督は試合後、選手に「罰走」を命じた。

「罰走」です。

阿部慎之助監督は、この事実について問われ、

「罰走です。」と堂々と語った。

こうした練習を命じたことに悪気はまったくなく、むしろ正しい指示をしたとさえ思っているのだろう。

日本はスポーツのプロの監督がまだこんな感覚だということで、それが子供たちへの育成に影響していることは想像が難しくない。

「罰走」は指導力欠如の表れ

プロが大学生に敗北したという事実は、「情けない。」「金返せ。」といった感情を周囲に与えることだろう。

絶対に負けてはダメだと思う。

でも、それは阿部慎之助監督を含めた巨人2軍というチームの責任であり、出場していた選手だけの責任ではない。

「ヤル気がない」「根性が足らない」「ハングリー精神が必要」「最近たるんでる」

罰走をさせる理由なんて、だいたいこんなところだろう。

でも、選手にヤル気がなくて、選手がたるんでて、根性が足らないなら、そのメンタルを上げるのは指導者の役割の一つだ。

メンタルコントロールは、指導者として立派な能力の一つ。

ジダンにしろ、モウリーニョにしろ、クロップにしろ、名将と呼ばれる海外のサッカー監督は、例外なくメンタルコントロールの能力が高く、選手のモチベーションを上げることに秀でている。

罰走なんてさせなくても、選手の心を掴んで能力の最大値を発揮させる。
(少なくとも発揮させようとする。)

指導者なら誰でも怒ることはあるし、選手とぶつかることもある。

でも、科学的に理不尽な練習を行う意味はない。

そんなこと、世界的な名将は絶対にしない。

罰走を行うくらいなら、何がダメだったのか選手と指導者でとことん話す方がいい。

阿部慎之助は、全選手にダッシュ10本、この日登板した投手にはさらに4~5本走らせた。

「この日登板した投手に追加で4~5本」走らせたのだ。

言葉は悪くなるけど、「バカヤロー」と言わせていただく。

ハッキリ言えることは、阿部慎之助はプロの監督の器ではない。
自分の指導力不足を選手の「メンタル」の責任にするただの責任転嫁ヤローだ。

少年サッカーでも、罰走を行う指導者はまだまだ多くいるけど、それらの指導者は指導力がないと言っていることとイコールだ。

指導力がない、指導方法が分からない、チームを勝たせる方法が分からない、個人を上達させる方法を知らない、

「努力」と「根性」、「血」と「汗」と「涙」しかやり方を知らないのだ。

人事権を握りながらの罰は最低

少しスポーツとは違う話もしておく。

人間社会には、組織があって、組織には上下が存在する。
上司と部下、先生と生徒、先輩と後輩、監督と選手。

様々な組織と上下が存在している。

そして、組織には人事権を握る人物がいる。

  • 社員を左遷する権限
  • 選手を補欠にする権限
  • レギュラーを決める権限

これらの権限は最強だ。

「出世したい、レギュラーになりたい、10番をつけたい。」と、色んな人の目指すものを決定する力を持つということで、人の心を最大限、拘束することができる。

  • 逆らったらクビになる。
  • 口答えすると試合に出してもらえない。

人事権を握る人間が、どんなに謙虚でも、どんなに素晴らしい人物だとしても、相手は少なからずこうした感情を抱く。

もちろん、その権力に逆らう強者もいると思うけど、そうじゃない人がほとんどだ。

特にプロ野球の2軍の選手なんて、いつクビにされてもおかしくない。

阿部慎之助の一声でクビにされる状況。

阿部慎之助には絶対に逆らえない状況だ。

そんな状況で命じられる罰走。

いったいなんの意味があるのだろうか?

人事権を持つ人間が与える「罰」ほど最低なものはない。

絶対に相手が逆らえない状況で与える「罰」ほどクソなものはない。

例えば、阿部慎之助が監督じゃなかったとして、理不尽な罰走を科したときに誰が従うのだろう?

例えば、高校の部活の顧問に人事権(レギュラーなどを決める権限)が無かったとしたら、血気盛んな高校生が言うことを聞くのだろうか?

これは、会社でも学校でもチームでもプロ野球でも同じ。

罰走や体罰などは、人事権があるからこそ、相手を従わせている行為なのだ。

どんな理由があろうとも最低最悪の行為なのだ。



罰走は、自分の過去を美化するからこそ起こること

おそらく阿部慎之助は、自分もこうやって育てられてきたのだろう。

「努力」と「根性」的な育成を受けてきたのだろう。

その結果、阿部慎之助はスター選手になった。

阿部慎之助からしたら、ツラく苦しい過去の練習は、今を作ってくれた試練だったんだと感じていることだろう。

「あの時のツラい練習があったから今がある。」
「あの凄まじい走り込みが自分を育ててくれた。」

こんなことを語るスポーツ選手はたくさんいる。

そして、「だからお前たち若手も根性入れろ!」
「俺のときはこんなもんじゃなかったぞ!」
「これをやったら絶対に成長できるから!」
「この苦しみがいつか身を結ぶから。」

こうやって悪気なくバカな練習を科していく。

負の連鎖が永遠に続いていく。

本当にバカげた話だ。

さらに、地域の少年スポーツの指導者なんて、プロでもないしスター選手でもないのに、
「俺はあれで伸びた。」なんてことを言いながら子供たちに無理な練習を命じる。

お前みたいになりたいなんて子供たちは思ってないから、まったく。

自分の過去をどう振り返ろうが勝手だけど、それを他人に押し付けてはならない。

練習は合理的に、効率的に、科学的に行うものだ。

罰走に対して擁護する人が多い

ここまで罰走がいかに最低なことかを書いてきた。

しかし、罰走に関するニュースに対して、世間の意見は擁護が多い。

「プロが大学生に負けたらダメ」
「プロの自覚が足らない」
「誰も見てくれなくなる」
「阿部監督、もっと厳しくしてくれ!」

ヤフコメにはこんなコメントが溢れている。

ここまで全力で罰走を否定してきたけど、多くの日本人は阿部慎之助が科した罰走に賛成なのだ。

ニュースを見たときにもビックリしたけど、コメントを見たときには驚愕した。

このニュースのヤフコメ欄、そこには紛れもない「昭和」が溢れていたんだ。



子供の「楽しい」を奪わないために

罰走はダメだと思う。
でも、賛成な人が多い。

これが現状。

そして、プロの監督でさえ、罰走を行っている事実がある。

今も全国のあちこちで少年たちが無駄な走り込みをさせられている。

無理な練習によって壊れていく子どもたちがいる。

失われる才能がたくさんある。

でも、やっと、ダルビッシュ有や長友佑都など、日本人のスター選手の中にも科学と効率を大切にする人たちが現れてきた。

子供たちがスポンサーをしたときの「楽しい」を奪ってはならない。

「楽しい」と思わせることこそ、最高で最強の育成だということを全指導者は意識しなければならない。

「楽しい」と思わせることが、少年スポーツの指導者にとって、なによりも重要なスキルだということを認識しなければならない。

全国のサッカー少年たちがサッカーを大好きになりますように。

Ⅰ love SOCCER⚽



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