プロ選手の少年時代

選抜経験ゼロ伊東純也選手の少年時代の話。小中高と無名でも諦めるな

今日は、ベルギーのヘンクで活躍中の伊藤純也選手の話です。

今ではヘンクの中心選手として活躍し、日本代表常連の伊藤選手ですが、意外にも少年時代はまったくの無名選手だったようです。

小中高と全国大会には無縁で、選抜に選ばれることもない。

普通のチームで、普通にサッカーをする少年でした。

普通のサッカー少年たち!諦める前に伊東純也選手について知ってください!

小学校時代

伊藤選手は小学校1年生のときに地元の鴨居SCでサッカーを始めました。

お父さんによると、

運動が苦手な子でも入れる、普通のチーム。

だったようで、伊藤選手は今と同じようにウイングでプレーしていました。

いまと同じようにウイングをしていて、ボールが逆サイドにあるときは、足をクロスさせて休んでいました。

でも、いざボールが来ると走り出してチャンスを作るんです。

自分のところにボールが来ると、きっちりやるので仲間も文句を言えない。

やることやってるからいいでしょ?という雰囲気を出しているわけです。

こんなプレースタイルだったと伊藤選手本人が語っています。

そして、伊東選手には、小学校6年生のときに転機が訪れます。

横浜マリノス・ジュニアユースのセレクションに勧誘されるのです

お母さんが当時を振り返っています。

1次、2次は免除で、最終選考だけ受けてくださいということでした。
でも、最終選考に来る子は、地域のトレセンやマリノス・ジュニアで活躍している実力者ばかり。

ですから、私たち親は落ちても仕方ないと思っていました。
で、実際に落ちたわけです。

私たちの目には、純也もそれほど悔しそうにしていませんでした。
あとで聞くと、ずいぶん悔しかったということですが。

伊東選手にとって、サッカー人生初の挫折だったのかもしれませんね。

そして、マリノス・ジュニアユースに落ちた伊藤選手は、中学校は地域クラブの「横須賀シーガルズ」、高校は逗葉高校でサッカーをすることになります。

伊東純也選手の中学校、高校時代

今や、ヨーロッパで活躍し、日本代表にまで招集されるようになった伊藤純也選手なので、高校は、全国大会常連校からの推薦か、Jリーグの下部組織のどちらかだと想像してしまう人も多いと思いますが、実際はまったく違いました。

「家から通える」

そんな理由で地元の逗葉高校に入学したそうです。

伊東選手は高校時代、インターハイ予選の初戦で、強豪の桐光学園と対戦しています。

結果は、1-6の大敗。

ボロ負けです。

しかし、意外にも、この大敗した試合で伊藤純也の名前が知られることになります

父親がこう語っています。

その試合には、大学のスカウトが何人か来ていたようです。
もちろん、桐光の選手を見るために。

ですが、そこで純也が活躍したわけです。

開始5分くらいだったかな。
左サイドから敵を何人もかわし、シュートを決めて。

あのプレーで名前を覚えてもらって、いくつかの大学から声をかけてもらえたんです。

試合はボロ負けでしたが、伊東選手は個人で輝いたのです。

母親も語っています。

たぶん、純也が桐光にいたらベンチどまりで試合に出られなかったでしょう。
そうしたら、スカウトの目には留まらない。
あまり強くないチームにいたからこそゲームに出られて活躍できたわけです。

これは大切な視点だと思います。強豪に行けばいいってもんじゃない。自分に合った進路を選ぶことが大切です。

大学時代

そして、スカウトの目に止まった伊東選手は、声をかけられた大学の中から、神奈川大学への進学を決めました。

このときの理由も「家から通える」だったとか。

ということで、伊藤選手は22歳まで実家の浦賀で過ごすことになります。

プロになるような選手は、県外で寮生活をしたり、海外に留学したりする人が多いと思いますが、伊東選手はずっと実家だったみたいですね。

浦賀は坂だらけの街です。もしかしたら、伊藤選手の快足を鍛えたのは浦賀の街だったのかもしれませんね。

そして大学時代。

小中高と全国大会には無縁で、選抜経験もゼロの伊藤選手が、ついに頭角を表します。

関東大学リーグ2部で得点王に輝き、4年時には全日本選抜にも名を連ね、Jリーガーへの道が切り開かれるのです。

両親は、

純也がプロになるなんて、まさかねえ・・・

あの子は持っているんだよね。
基本的に、あまり強くないチームにいたので、常に試合に出ている。

ですから、桐光戦のようなことも起きるんです。
そして、純也は結構、大事なところで決める勝負強さもあるんですよ。

プロになってからも、ツイていると思います。
ヴァンフォーレ甲府で1年目から試合に出ることができましたからね。

常に試合に出れる環境

プロになるために、強いチームを選ぶ人が多いと思います。

でも、伊藤純也は違いました。

小中高と無名のチームで、常に中心選手として試合に出れる環境でプレーしました。

強豪チームと比べると、圧倒的に競争力は弱く、ヒリヒリしたレギュラー争いなどなかったと思います。

一般的には、そんな「ユルい環境」にいても成長はしないと言われます。

でも、伊藤純也にはそれが合っていたのです。

常に出場できる環境にいたからこそ、遅まきながら芽が出たのです。

無理して強豪チームにいっていれば、母親が言うように、大学からスカウトされれることはなく、どこかでサッカーを諦めていたかもしれません。

進路に悩む方へ

強豪チームにいれば、常に多くの人の注目を浴びます。
プロのスカウトにも、大学のスカウトにも注目されます。

逆に、弱小チームは、ほとんど注目されることはありません。
余程でないと、弱いチームにはスカウトは来ません。

「注目される」という意味では、強豪チームに所属する方が圧倒的にいいでしょう。

でも、強いチームは、「試合に出られないかもしれない」というリスクが付きまといます。

「それが競争だ、そういう環境こそ成長するのだ」と言われれば、「そのとおりかも」としか言いようがありません。

でも、そうじゃない場合があることを伊藤純也選手は体現しました。

無名で、全国大会にも出たことがなく、選抜にも選ばれたことがない。

インターハイ予選では、初戦で1-6の大敗する高校。

それでも大学で花開くことがある。

そんなことを体現しました。

全国にいる多くの「普通の」サッカー少年たちにとって、凄く夢のある話です。

速いサイドアタッカーの伊藤純也選手。
縦に勝負するプレースタイルは子どもたちも大好きだと思います。

経歴でも、プレーでも、子どもたちに夢を与える伊藤純也選手。

個人的に大好きなサッカー選手です。

これからも活躍を期待しています。

Ⅰ love soccer⚽

ちなみに、伊藤選手は「子どもの足が速くなる方法」について本を出しています。

エリートではなく、無名の選手だったからこそ気付く少年へのアドバイス。

「運動が苦手な子でも大丈夫」というキャッチフレーズの本です!

運動が苦手な子供でも足が速くなる方法、ぜひ読んで取り組んでみてください!

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