プロ選手の少年時代

無名だった阿部裕葵がバルサに行けた理由。無名選手がブレイクするための秘訣とは?

鹿島アントラーズの阿部裕葵選手(20)に、「バルセロナからオファーがきた」というニュースが世間を賑わせています。

安倍選手は、先日のコパアメリカでも日本代表に選ばれた東京オリンピック世代の期待の若手です。

高卒で、Jリーグの強豪「鹿島アントラーズ」入団。
Jリーグで結果を残し、2年目で日本代表に進出。
さらにバルセロナからオファーと。

信じられないスピードでステップアップ中です。

そんな安倍選手なので、少年時代から、「さぞエリートだったんだろうな」と想像してしまいますが、実はそうではありません。

高校までは、ほぼ無名の選手だったようです。

ずっと無名だった子が急成長してバルセロナへ。

サッカー少年にとって、物凄く勇気の出る話です。

試合に出れない、なかなか上達しない、
自分より上手な子がたくさんいる。

こんな悩みを持っているサッカー少年には、ぜひ、阿部選手の話をしてあげてください。

サッカーが好きなら、プロになりたいという夢があるのなら、どんな子どもも少年時代に諦める必要はないのです。

阿部選手の経歴を見れば分かります。安部選手がそれを証明しました。


ては、ここから阿部選手のシンデレラストーリーを書いていきます。

少年時代

背が低かった少年時代の阿部選手。
「前へならえ」をしたことがないそうです。

背の順番で常に一番前だったってことですね。

サッカーも注目される選手ではなかったようで、地区のトレセンも落ちるレベルだったらしい。

地区トレセンですよ?
バルセロナからオファーがきた阿部選手が、少年時代は地区のトレセンで落とされていたのです。

また、本人も、「自分より上手い人はいっぱいいた」と語っています。

安部選手の少年時代は、ごくごく普通だったのです。

中学時代

ジュニアユースは、帝京FCというクラブチームに進みました。

部活ではなく、クラブチームを選んだのは、親に「セレクションを受けなさい!」と言われたからだそうです。

Jリーグの下部組織に憧れていたそうですが、「そんなところに受かるわけがなかった」と語っています。

この頃のプレースタイルは、ボールを離さないドリブル小僧。本人曰く、とにかくたくさんボールを触りたかったとのことです。


ボールを奪うのも好きだったようで、守備にも攻撃にも走りまくって、たくさん取られて、たくさん取り返して、暴れまわっていたらしい。笑

もしかしたら、ずっと無名だったのは、このプレースタイルのせいかもしれないと思ってしまいます。


日本の指導者は、ボールを取られることを極端に嫌がります。阿部選手は、ボールロストが多いから選抜(トレセン)に選ばれなかったのかもしれないですね。


でも、安部選手はこのプレースタイルを貫きます。
今の阿部選手のプレースタイルは、この頃に確立されたのでしょう。

ポジションは、サイド、トップ下、FW。
ずっと攻撃的なポジションだったようです。

高校時代

そして高校。
阿部選手は、東京から広島へ行くことになります。

進んだ高校は、広島県の瀬戸内高校。
広島県の「そこそこ」強豪の高校です。

なぜ広島へ行ったのか?

なぜ広島か?

本人ははっきりと取材で語っています。

高3の夏のインターハイが広島で行われることになっていて、開催地は2校が出場できる。全国大会に出場しやすいから選んだ。

全国大会で目立ってスカウトされる。
そんな単純かつ明確な野望を持って親元を離れたのです。

100%で練習

高校では、とにかくよく怒られたそうです。
プロ志望だということをハッキリと言っていたそうで、監督も、より厳しく指導をしたのでしょう。

また、最初はなかなか試合に出れなかったようです。

でも、阿部選手は「常に100%で練習をしていた」と話していて、高校サッカーでは、「成長を感じられた」と語っています。

そして、徐々に頭角を現し、鹿島からオファーをもらえるまでになったのです。

無名の選手がブレイクするために必要なこと

経歴的に雑草タイプの阿部選手。

年代別の代表チームに入ったのは、プロ入り後が始めてです。

平凡な子供たちにとって、物凄く夢のある話です。


しかし、みんながみんな、こんなブレイクができるわけではありません。

安部選手のようなパターンはごく一部で、日本代表は、少年時代から有名だった選手の方が圧倒的に多数です。

安部選手のように、無名の選手がブレイクするためにはどうすればいいのでしょうか?

100%正しい答えはありません。
でも、確実に必要なことがあります。

サッカーを好きになって、サッカーを楽しむことです。

諦めずにサッカーを好きだったとしも、
確実にブレイクできるわけではありませんが、諦めずにサッカーを好きじゃないと、絶対にブレイクできない。

努力した人が絶対に成功できるわけではないけど、成功した人は絶対に努力をしています。

色んな悩みを持つサッカー少年や親御さん。

少年時代は、とにかく楽しむのみです。
厳しいとか、緩いとかどっちでもいいことです。

厳しい中でも楽しければいいし、緩くてもサッカーが本気で好きならいいのです。

まずは阿部選手のようにサッカーを大好きになることが大切です。
努力はその後に自然とついてきます。

ドリブル小僧。万歳なのです。

阿部選手のこれからの活躍を期待しています!

I love soccer⚽

安部選手と同じ東京オリンピック世代の久保建英選手。お父さんと二人三脚でレアル・マドリードに移籍するまでになりました。そんな久保選手のお父さんが書いた子育てとサッカーの本。サッカー少年の保護者必読の内容です。↓

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