プロ選手の少年時代

イニエスタの相棒、古橋亨梧の少年時代。スピードスターは少年時代から速かったのか?

プロ入り3年目、ヴィッセル神戸の古橋亨梧。

一度はプロになることを諦めたこともあったという古橋はどのように日本代表まで登り詰めたのか?

スピードを武器にするプレースタイルはいつ形成されたのか?

イニエスタからの信頼も厚いという古橋の少年時代について紹介します。

古橋亨梧の経歴

古橋は小学校1年生のときに奈良県の桜ヶ丘FCでサッカーをはじめ、アスペガス生駒FC、興国高校を経て、中央大学へ進学。高校では南野拓実と同級生だった。

2017年にJ2のFC岐阜に加入。加入後すぐに主力として活躍し、2018年8月にヴィッセル神戸に移籍。錚々たるメンバーの中、レギュラーとして活躍している。

J2からイニエスタの相棒になりゴールを量産する経歴は、シンデレラボーイなどと呼ばれることもある。

来歴

  • 桜ヶ丘フットボールクラブ(生駒市立生駒台小学校)
  • アスペガス生駒フットボールクラブ(生駒市立光明中学校)
  • 興国高等学校
  • 中央大学

2017~2018 FC岐阜
2018~   ヴィッセル神戸

古橋亨梧の少年時代

少年時代から足が速かった?

足が速かったので、ただひたすらボールを追いかけることに夢中で、シュートを打ってゴールを決めることしか考えてなかったです。サッカーを始めたきっかけは、小学校1年生くらいのときに、近所のお兄ちゃんがサッカーをやっているのを見て、「かっこいい」と思ったからです。そして、親に「サッカーがしたい」と言いました。3歳から水泳をやっていたんですけど、親に初めて自分の希望を伝えました。

プロの舞台でもスピードを武器にする古橋は、少年時代から速かったそうだ。

「速いだけじゃダメ」と言われることも多い少年サッカーだけど、古橋は速いだけでサッカーを楽しんでいたのかもしれない。

少年サッカー足が速いだけの選手はダメなのか?体が大きいだけの選手はダメなのか?その対策法を解説。 少年サッカーでは、足が速くて体が大きい選手がスーパー有利だ。 成長が早くて、速くてデカイ。それだけで大活躍することは、『あるある...

また、少年時代は、3歳から習っていた水泳との掛け持ちだったようで、スポーツ少年だったことがうかがえる。

「初めて親に自分の希望を伝えました。」という言葉が象徴するように、小学校1年生にして、すでに自分の意思を持ってサッカーを始めたことが分かる。

少年時代の性格は?

昔からずっとなんですが、普段はシャイで大人しいタイプで、慣れるまでは自分から話しかけることがあまりできないタイプなんです。でも、サッカーだと人が変わったかのように負けず嫌いになるので、そういう点はFWに向いているかもしれません。周囲の人からも「サッカーをしているときと普段のイメージが全然違う」とよく言われます。

サッカーになると人が変わるタイプ。

アルアルですよね。笑

シャイで大人しいタイプはスポーツに向いてないと思われがちだけど、それが全てじゃないってこと。

普段とサッカーのときとのギャップがあるということは、

とことんサッカーを楽しみ、サッカーに本気で熱中しているということだと思う。

シャイで大人しい性格の古橋がトップになれたのは、少年時代に染み込んだ「サッカーが大好き」だという思いが良い影響を及ぼしたのは間違いないだろう。

そんな少年時代の古橋だったが、中学生になるとき転機が訪れる。

古橋亨梧の中学校時代

中学入学のとき、周囲の子どもたちがあまり行きたがらないチームでプレーすることを選んだんです。みんなと違う道を自分で選んだことが大きかったですね。

強く、厳しいチームだったんです。小学校のとき、かなわない相手だったので、「そこに行きたい」という子はあまりいなくて、僕も「行く」と自分で言ったにも関わらず、最初はめちゃめちゃ嫌がって、泣きながら「帰る!」とか言っていたんですけどね。
当時、プロ選手というのはあまり意識していませんでした。とにかく厳しいチーム、監督がすごく怖いイメージがあって、練習場まで行っても、一歩踏み込めず、ずっとウジウジしていました。

古橋は、強く、厳しいチームを中学生でプレーする場所として選んだ。

シャイな性格が影響したのか、はじめは苦労したようだ。

いざ入ってみればみんな優しかったですし、一段と成長できた感覚はあります。

ま、そんなもんだよね。

入る前、慣れるまでは見えない何かに怖がることもあると思うけど、慣れれば「みんな良い奴」だ。笑

さらに強くなりましたね。監督も負けるのが嫌いで、負けたらよく怒られていましたし、怒られるのが嫌だったので僕も必死にやっていました。メンタルも強くなりましたし、負けず嫌いの気持ちも強くなりました。

怒られるのが嫌だったので必死にやった・・・

これって一般的にはダメな指導だと思うんだけど、古橋にはこれが合っていたってことだろう。

育成・指導って本当に難しい。

なにが正解で、なにが間違いなのか・・・

答えは一つではなく、正解は人それぞれということだ。

なにはともあれ、少年時代に足の速さでゴールを量産し、「サッカーの楽しさ」を存分に味わった古橋は、中学校時代に「強さ」と「厳しさ」に振れ、一段と成長したのだ。

古橋亨梧の高校時代

そして、高校は奈良から大阪の興国高等に進学する。

高校時代はツラかったですね。チームメイトはすでに大阪で有名だった選手が多く、僕は奈良でも名が知られていたわけではなかったので、経験や技術の差を痛感しました。でも、根気よく使ってもらえましたし、周りに刺激されながら練習を頑張っていたので、いい経験になったと思います。
奈良から大阪の興国高校へ一人で進学して、そこでまた素晴らしい指導者に出会えて、1年生から使ってもらえましたし、いい経験ができました。

興国高校、多くのJリーガーを輩出した育成能力に定評のある高校だ。

プロになる選手は多いけど、全国大会に出場したことがないという、ちょっと変わった高校であったが、昨年の全国高校サッカー選手権についに初出場した。

育成で有名な興国高校で、古橋が経験したものは、かけがえのないものだっただろう。

有名選手が多数在籍する中で、有名じゃなかった古橋が1年生から試合に出場できたことは、まさに興国高校の育成の力の表れなのかもしれない。

また、高校時代はより一層、サッカーに対する思いが強くなり、負けず嫌いにも磨きがかかったようで、

有名な選手に対しては、

「プライドというより、意地でもついていって、意地でも抜いたる。」という気持ちでした。

と語り、

FWなので、単純に1対1で負けたくないし、試合に負けたくない。1本のシュートや1本のドリブル、1本のスプリントでも相手に負けたくないんです。普段は「クソっ!」と思うこともありますけど、表には出しません。

と、内に秘めた闘志を燃やしていった様子が分かる。

古橋亨梧の高校卒業後

興国高校を卒業後、古橋は上京し中央大学に進学する。

寮生活で洗濯や掃除をして、ご飯がないときは自分で作ったりもして。こんなにもしんどいことを両親が毎日やってくれていたんだと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

このように、大学生活でサッカーはもちろん、社会性も身に付けていったようだ。

「親への感謝の気持ち」というのはバカにできない。

その気持ちが強ければ強いほど頑張れるし、無理ができる。

「感謝の気持ち」が人を成長させるというのは間違いない。

もしかしたら、プロサッカー選手を目指すのなら「親への感謝の気持ち」は必須なのかもしれない。

皆さん、感謝される親になりましょうね。笑

大学時代、古橋は大学選抜に選ばれるなどしていたが、4年生時点でJリーグチームから声がかからず。

大学の監督の計らいもあって湘南ベルマーレ、松本山雅FC、モンテディオ山形、水戸ホーリーホックなど幾つかのJ2クラブに練習参加はするが、獲得につながるような輝きは見せられなかった。

そんな状態だから、もう諦めようかと思って、親にもそう伝えたんです。自分のプレーも出せないし、プレッシャーやストレスばかりが大きくなっていく状態だったから。そしたらあっさり「やめたいなら、やめればいいよ」と。でも、そのあとにボソッと「ま、今までやってきた努力は無駄になるけどね」と言われたんです。その言葉を聞いて「後悔しないように、最後までやれることは全部やってから答えを出そう」と思い直し、Jクラブへの練習参加を続けていたら、最後の最後でFC」岐阜にオファーをいただくことができました。

サッカーを諦めようとしていた古橋を、親はあっさりと突き放した。

また、「やめればいいよ」と言っておきながら、「努力が無駄になる」と伝えたとのこと。

親は嘘をついたのではないだろうか。

「努力が無駄になる」なんてことは思ってなかったような気がする。

プロになれなくても「サッカーを頑張ってきた努力」は無駄にはならない。
絶対にその後の人生に活かされる。

古橋の親もそんなことは分かったうえで、古橋にハッパをかける言葉としてかけたんじゃないかと思う。

こうして古橋は大学卒業とともにJリーガーになったのだ。

出会いと運

こうやって見ると、古橋の歩いて来たサッカーの道が、羨ましいくらいに充実していたのが分かる。

  • 足の速さを武器に、ゴールを奪うことで楽しさを覚えた少年時代、
  • 強さと厳しさの中で、メンタルを鍛えられた中学時代、
  • 育成重視のチームで、スペシャルなチームメイトに囲まれ、競い合って成長した高校時代、
  • プロの厳しさを感じながらも、親の言葉でギリギリ諦めることを踏みとどまった大学時代。

古橋は、このような成長の過程を過ごしてきたのだ。

これはもちろん、古橋の頑張りと人柄によるところが大きいだろう。
古橋が頑張ったからいい環境に行けたのだ。

スマホで簡単デザイン!世界にひとつの【応援うちわ】

でも、間違いなく「運」もある。

「運」良く自分に合う環境で成長できた。

なんにせよ、環境は凄く大切だ。

「どこにいても伸びる奴は伸びる」なんて言っていてはダメ。

自分に合う環境を見つけ、そこで頑張ることは重要だ。

これは、子供のサッカーのために、親がやるべき役割のうちの一つだと思う。

ユースか部活か?どっちが伸びるのか?誰もが悩む進路について中村俊輔が語った答えとは?小学校低学年で始めたサッカー。親も子も始めは軽い気持ちだった。「体力作り」になればいいし、友達もやってるし。それだけだった。でも、思いの...

古橋は今やイニエスタからの信頼も厚く、あうんの呼吸でイニエスタからのパスを受けるまでになった。

少年時代から変わらない最大の武器スピードで相手の裏を取りゴールを奪うプレースタイルだ。

日本代表にも選出されるなど、これからが本当に楽しみな選手。

全国のシャイで大人しいサッカー少年たちよ!
それで大丈夫、そのままで大丈夫だ!!

そんなことより、もっともっとサッカーを好きになろう!

Ilove soccer⚽

今日の記事のソースはこちら↓

https://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20191018/985963.html

もっと少年サッカー情報が見たい方はこちらから↓
たくさんの記事が掲載されています。

にほんブログ村 サッカーブログ 少年サッカーへ
にほんブログ村

ブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です